野生動物の王国といえば、どこを思い浮かべるかと言えば、
アフリカ大陸東部のサバンナ地帯ではないだろうか。
まばらに林立するアカシアの木とイネ科の植物で覆い尽くされた草原に
アフリカゾウやキリン、シマウマ、そしてライオンやヒョウなどの
様々な動物が暮らしている。
いずれも他の場所とくらべて、明らかに大型な陸獣が勢揃いしている
野生の王国だ。
この野生の王国を育んできているのは
大地を覆い尽くすほどのイネ科植物、一般的に「草」とよばれる植物の
繁茂によるところが大きい。
大量のエサを必要とするゾウやウシ科などの大型草食獣たちの食料資源として
まかなえることができたのはこのイネ科植物でなのだ。
イネ科植物は他の植物とちがい、成長点が根(の近く)にあることである。
他の植物は成長点が茎の先端にあり、そこを動物たちに食べられてしまうと、
再生することはない。
しかし、イネ科の植物は成長点が根の近くにあるため、
根さえ残っていれば、いくらでも再生ができ、
大型草食獣によって根こそぎ食い尽くされることはないというわけである。
実は大昔にも別の場所でこのアフリカサバンナのような野生の王国が
存在していたという!
それは意外なことに、地球史上もっとも寒さの厳しい
2万年前ほどの氷河期、ユーラシラ北部や北アメリカの北極圏に近い場所なのだ。
もっとも気温の低い時代の高緯度地域という極寒の地である。
現在、この場所は氷河期にくらべて温暖(それでもかなり寒い)であるものの
地面にコケや地衣類が生える程度の植物がほどんど育成していない
不毛なツンドラ地帯である。
このような場所で
かつてアフリカサバンナのような大草原が広がり、大型草食獣が闊歩する世界が
あったことは、にわかに信じがたいことであるが、
たしかにそこにはアフリカサバンナの動物に引けをとらない大物が数多く生きていた。
まず挙げれる代表的なものはケナガマンモス だろう。
シベリアの永久凍土で氷漬けとなった「マンモス」のミイラがよく発掘されるが、
その胃には内容物にはたくさんの草が残っている。
食事の9割はイネ科植物を食べていたようだ。
ケナガマンモスはユーラシア大陸から北アメリカに広く分布し、
これらの地域にケナガマンモスの食事をまかなう大草原が
あったことはたしかなようである。
このようにユーラシア大陸から北アメリカ大陸までにいたる広大な草原を
「マンモス・ステップ」とよばれている。
このマンモスステップには他にも
寒冷適応のためか長い毛で覆われたサイ「コエロドンタ」 や
サイの仲間でももっとも大型だったは「エラスモテリウム」
伝説上の神獣ユニコーンともいわれるほど、頭頂部に2mもあったと推測される
巨大な角をもっていた。
また
シカの仲間である「オオツノジカ」 のオスは差し渡し3、5mもという立派な角を
もっており、シカのように毎年、その巨大な角が抜け落ちては生え変わるという。
重さ40kgもあるといわれるこの骨の塊を毎年つくるほどの栄養を与えてくれる
環境がそこにはあったのだ!
そして
これらの大型草食獣を獲物としていた肉食獣はもっと強烈だ。
ユーラシア大陸には「ドウクツライオン」 、そして北アメリカに渡ったその子孫である
「アメリカライオン」 は史上最大のネコ科動物といわれ、
現在にいるアフリカのライオンよりもずっと大型だった。
忘れてはならないのがサーベルタイガーといわれている「スミロドン」 の存在だ。
長さ20cmを超える長大な犬歯に目がいくが、後足よりも前足が長く頑強で、
大きさはライオンと変わらないものの体重は2倍近くあったといわれている。
走ることに不向きで機動力はないものの、パワー押しの格闘タイプのネコ科動物
であり、大型草食獣をターゲットとした典型的な捕食者だったようだ。
ほかにも「ショートフェイスベア」 という後足で立ち上がると3mをゆうに超える
史上最大級のクマや現在のハイイロオオカミよりも大型のダイアオオカミ は、
ハイエナのように骨をも噛み砕く強力なアゴの持ち主だったといわれている。
さて、
こうした野生王国も長くは続かなかった
1万4000年前になると地球規模で気温が上昇し、平均気温が7℃も跳ね上がった。
これで氷河期が終わり、現在のようなジメジメとした湿潤なツンドラ気候へと変わり、
積雪も増えるようになってきた。
寒さと乾燥に強かったマンモスステップのイネ科植物は次第に姿を消し、
カバやハンノキといった低木やコケ類などのツンドラ植物へと植生が変わっていったのだ。
気候の変化にダイレクトに示す植生の変化は
イネ科植物をエサとしてきた大型草食獣の食糧不足を招き、
生存の窮地に追われたのはいうまでもなく、
それを獲物とする強力な肉食動物もしだいに姿を見せなくなり、
失われた野生の王国となってしまったようだ。
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